令和も兄弟『弁当屋の四兄弟令和二年版』感想

2024年2月26日

瀬谷クリーンって、『雨とマッシュルーム』に出てきた工場……?
(という、ちょっと引っかかった点)

2020年、冬。

2019年7月、中野の劇場からJR中野駅までべそべそ泣きながら帰った『桜田ファミリー物語』から約半年。

私は初めて、吉祥寺でスプリングマンさんにお会いしたのです。

源ファミリー・弁当屋の四兄弟に最初にお会いしたのは7年前の下北沢、二度目も下北沢で、これは3年前。
そして令和二年になった今年、今度は吉祥寺で。

つまり、弁当屋の四兄弟は三度目の観劇となるわけですが、私はこの日をそれはそれはもう楽しみにしていたのです。
スプリングマンさんの舞台はこれで六度目で、これはもう個人的すぎるコメントなのですが、今回のキャストが私にとってのオールスターのようなもので。

年末必ず放送される忠臣蔵のドラマの大石内蔵助が三船敏郎で堀部安兵衛が役所広司で瑤泉院が岩下志麻かくらいのオールスターなのです。
それほど好きなキャストさんがそろっている、という感じです。

弁当屋の四兄弟ってこんな話だ。

世田谷の商店街にある小さな老舗の弁当屋みなもと。
早くに両親を亡くし、兄弟四人でなんとか懸命に生きてきました。
店は若くして三代目を継いだ長男が切り盛りしています。
次男は大手電機メーカーの海外支社で働いています。
三男はというと、働きもせず店の手伝いもせず毎日だらだらと自堕落な生活を送っています。
四男はフリーターをしながら日々あくせく過ごしています。
親代わりの長男は三男の将来だけが不安でありました。
四兄弟とその周りの人々の少しだけ何かが変わる令和の兄弟たちの物語。

https://springman-net.jimdofree.com/%E5%85%AC%E6%BC%94%E5%B1%A5%E6%AD%B4/%E5%BC%81%E5%BD%93%E5%B1%8B%E3%81%AE%E5%9B%9B%E5%85%84%E5%BC%9F-%E4%BB%A4%E5%92%8C%E4%BA%8C%E5%B9%B4%E7%89%88/

父が遺した創業60年になる弁当屋の息子たちのおはなしなのですが、大まかなストーリーは恐らく初演版と相違はないです。
なので、さすがに三度目ともなるとストーリーも覚えてるやろ! 絶対楽しいわ! と思って観に行ったのですが、いい意味でかなり期待を裏切られた。

前回は父と子のストーリーが追加されていたのですが、今回は父と母のストーリーが追加されておりました。
源家の母はなぜいなくなったのか。源家ではなぜスプライトが忌み嫌われているのか。その事情が垣間見えるシーンがありました。

というわけで、舞台の感想。

前作『桜田ファミリー物語』は家族の「ムズムズ」の話でしたが、今作は家族の「オエッ」とするお話です。

兄弟にしか言えない暴言があるように、兄弟には絶対言えない心の内がある。それが一番顕著になっているように見える、三男・清朝が主軸となりストーリーが回っていくのですが、三男役の関脩人さんが、なんだかすごい。

というか三男を演じられた方は、苗村大祐さんも沖田幸平さんも、憎たらしさと底に在るやさしさと照れ屋さんぶりを如何なく発揮される素晴らしさがあるんですが、関さんは群を抜いてイケメン度が高かった…令和の源家は令和のイケメンファミリーになっておりました。

三男清ちゃんは憎たらしいし人の心をえぐる発言をばしばしするのですが、それでも致命的に嫌われる、ということがないのはやっぱり底に在る優しさをみんなが知っているからなのかな、と思います。

源家に訪れる人は春日さんもねねちゃんも、板垣君も八百屋さんも、なぜかみんな家族の一員に見えてしまう不思議。
清朝はそれがうっとうしいと思いながら誰よりも家族のことを見ていて、誰よりも家族に甘えていて、誰よりも家族を考えているんだろうなあ、というように見えました。だからこそ、上手く回らない商売のことや自分が理解されないことに噛みついて、諦めて、逃げ出そうとする。
清朝は、誰よりも源家の息子だなあ、と思いました。皮肉なことに。

平成二十九年度版で追加された父・吾郎と長男・信秀のシーンが私はとても好きなのですが、あのシーンは今思い出しても心臓が痛くなります。
信秀は誰よりも吾郎と五月の子供なんだなあ、と思いました。
それでも、自分が家族に持つ甘さとは異質の、父の「甘さ」を知らずに育ったものだからのあのシーンかな、と。
「俺が殺してやるから」と言った吾郎と、清ちゃんの面倒は最後まで見ると考える信秀の「甘さ」は同じものなように思えます。

いわゆる悪役になるかと思われる営業・平将一郎も決して悪役ではない。
何かにとって悪意を持っているように見える人も、その人にとっては当たり前を生きているだけ、というところは、絶対に人としての「あたりまえ」を逸脱しないシナリオの、私が一番好きなところです。

個人的には初代八百屋さんの武藤さんと、二代目八百屋さんの狩野さんの対決が見られたというだけで、あのシーンはとてもテンションが上がりました。

武藤さんも狩野さんも、登場するだけでそこに視線を吸引されるような強さがある役者さんなので、このお二人が同じ画に並ぶところがたまりませんでした。

今回追加された母・五月のシーン。
源家の中でタブーとされている母とスプライト、彼女はなぜ居なくなったのか、そういうことがきっちりと描かれており、「そりゃ五月さんじゃなくても出ていくわ……」としみじみ思いました。
吾郎さんは妻に対しても息子に対しても言葉が少なさすぎる。去る者追わず来るもの拒まずとは言うけれど、周囲に対して期待せず傷つきたくないというだけなのでは? この人ただただ弱い甘えっこなのでは? と思いました。
五月を演じるさかいかなさんの、やつれていく様子が痛々しかった。それでも最後は明るく振舞っていく、強がりと意地が悲しく愛しかったです。

そして父・吾郎。
私は藤波瞬平さんという役者がとても好きなのですが、源家における父・吾郎はとにかく怖い人です。
期待されない、優しくしてくれない、甘やかさない、寛容を以て相手を拒絶するように見えるその人物が、とにかく怖い。
こういう人間に魅入られてしまうと認められたい、優しくされたいと思いついつい尽くしてしまう、そして暖簾に腕押しになりどんどんこちらが疲れていってしまう。
悪い男だなあ……。

あと、すべての騒動が落ち着いた後に四男・瑠宇玖(あの吾郎さんがスターウォーズにハマっていた、というのも愉快な話だ)が清朝を本当に自然に、するりと「兄ちゃん」と呼ぶシーン。
本当はずっと仲良し兄弟だったし、これからもぶつかりながら仲良し兄弟をしていくんだろうな、と思いました。
次男・龍盛さんのダメ男っぽさは父に通ずるものはないけれど、春日さんの言う通り「みーんなダメ」な兄弟さを最後に押し出してくれてあそこも好きなシーン。エリートほど打たれ弱い、って感じがすごくいいです。

あの家族を、あの兄弟を眺め続けたうえで真実を知り、「なんか涙でてきちゃって」と言ったねねちゃんの気持ち。
それよりもずっと長い時間あの兄弟を眺め続けて「そっくりです」と言った春日さん。

その事実を、いつか兄弟や春日さんや板垣君、真田さんが知った時にもやっぱりみんな「涙が出てきちゃう」のか。それともそのころには「それが何か」と言える家族になっているのか。
お盆休みが明けても当たり前の日常が続いていく、源家の幸せを願わずにはいられません。

ところで今回、信秀のお見合い相手となった宇多桜子役の木村はるかさん。
『きんとと』や『華の棺』でのお芝居とは全く違い、陰鬱で薄幸なアラフォー女性の行き過ぎた激情を演じるコメディータッチな感じ、この人すごい……!と思いました。本当に印象が全然違う。抽斗の多すぎる俳優さんでした。

観劇

Posted by nikee